■福岡県 宮若市 百姓庵 綱分道一さん
2012-05-11
アトピーの子供も、安心して食べられる生産物をつくりたい。
*なぜ若くして農をやる決心をしたのですか?
「小さいときから家の手伝いをしていて、特に農業がすごくいいとは思っていなかった。高校をでて農業を継ごうと思ったのは、親が一生懸命やってきたことをみていたからでしょう。僕には自然なことだったんです。」と屈託なく話してくれる綱分道一さん。33歳にしてこの道13年の希少な青年生産者さんだ。
彼の農業への気持ちが明確になったのは、福岡県立農業大学校での二年間だそうだ。思い出多き学生時代を振り返り、「宇根先生に出会ったことで、生き生きとして自然に向かうことができた」ことが農を見直すきっかけになったという。師事した宇根豊博士(NPO法人「農と自然の研究所」代表理事)とは、「ごはんと田んぼと自然が繋がっていることを人は忘れかけている。」と百姓仕事が自然環境を作っていることを提唱し続けている人である。尊敬する師との充実した学生生活のなかで、綱分さん自身も代々うけつがれた家の農という仕事の永続性について再認識し、農業を選ぶことに確信を得たのではないだろうか。

* 農業をやる上でのこだわりは?
笑いながら「ポリシーがないのが、ポリシーです。」と話しつつ、自分と環境が自然に沿っていることがこだわりだと実にさりげなく話してくれた。だが、彼の心の中には自分たちをはじめとした子供の健康のために無農薬に取り組んだ母の思いがこもった百姓庵と、この地で農を永続してきた綱分家のポリシーが綿々と受け継がれているのだ。
* 農業をやっていてよかったと思うことは?
「新米ができた時に、最初に炊いた一口目のご飯のおいしさを味わう時!あの感動のために一年間がんばっているんだと思います。」
車と食べることが何より大好きな綱分さんらしい答えが返ってきた。
綱分さん曰く、人間、毎日三食たべても一年間に1100回も食べられない。自分が食べたいから、自分がおいしい!と思えるものを作りたい。それには、よけいなものが添加されていない自然に近いものが一番いいということがわかってきたのだという。ここが無農薬にこだわる由縁でもあるのだろう。
「自分にも食物アレルギーがある。でも、人は食べなくては生きていけない。だからこそ、アトピーの子が食べても大丈夫で安心できるものをつくっていきたい。それが僕の体験から来ているポリシーです。」そう語る綱分さんは、今までの無農薬・植物性有機栽培とともに、今年からリードアップ・フルボ酸を使う無農薬・無肥料の自然栽培を一部の田圃で始めた。フルボ酸により土からできる抗酸化物質を沢山含んだ生命力あふれるお米は、彼の師の教えどおり「ごはんと自然環境の繋がり」に他ならない。志高い若き生産者・綱分さんが支えていく、これからの農に期待がかかる。
綱分道一さんのお母さん幸世さんからのメッセージ
食べることは生きることそのもの!
* 農業の方法と健康は関係がありますか?
23歳のときに農家に嫁いでから、25町(1町=10反=100畝=100a=10000㎡)の田んぼを耕してきました。でも、こどもが泣かずに生まれたことの原因が農薬ではないかと農業医学の先生にいわれたことで、はじめてその影響を知りました。これをきっかけに小さなお子さんでも安心して食べられるように植物性の有機物を使用したEMぼかし(微生物であるEM菌を使って米ぬか(有機物)等を発酵したもの)による農業に取組み始めました。体は食べ物でできているので、添加物等が加えられていないできるだけ自然なものを食べた方がいいんです。
* 食によって人は変わりますか?
朗読会、ホームコンサートを通して、地球も命もみんな繋がっていることを集まった皆さんで共感しています。また、マクロビオティックの料理教室では、食がどのように体に反映しているかを実際に体感してもらいながら、生きることの素晴らしさや大切さを伝えています。食べることを通して、命の尊さや感謝謝など、こころの持ち方までが変化していくことを、皆さんとの交流の中で日々感じています。ピュアな食品を、喜びの気持ちでいただくことで、人はこころも体も健やかになっていくんです。
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